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日々の流転


2004-10-15 [長年日記]

λ. もう一つの転換点

(『Black Jack』への感想をIRCから転載)

この本は手塚治虫の「ブラックジャック」から「医者はどこだ!」「春一番」 「アリの足」の3編を英訳したものである。ブラックジャックとは手塚治の生 み出したキャラクターで、法外な報酬を要求する無免許の天才外科医である。 一見冷酷な悪徳医者に見えるが、それは彼のほんの一面に過ぎない。

ところで、この3編の中で私が一番気に入ったのは「アリの足」である。 あらすじは「小児マヒで足が不自由な少年・光男は、病気の苦しみを訴えるた め、一人で広島から大阪までを歩き通す旅にでる。その途中、光男は自分の後 を付回すブラックジャックに気付く。ブラックジャックを悪徳医者と思ってい る光男は反発するが、実は……」というもので、ブラックジャックなりの思い やりや優しさというものを感じさせてくれる話である。

この話は小学生の頃にも日本語で読んだことがあって、粗筋は大体覚えていた のだが、当然以前に読んだときとはだいぶ違う印象を受けた。以前は気づかな かったが、山火事が起きて煙が迫っている状況でのブラックジャックと光男の やりとりが、この作品において非常に重要な位置を占めているように感じたの である。以下に引用しよう。

“Can I give you a ride?” said Black Jack from the car.
“No, I won't ride with you!”
“Then, you'd better crawl on your hands and knees.”
“What! Don't ridicule me!” cried out Mitsuo, but car drove away.

これまでブラックジャックを軽蔑していた光男が、命欲しさににブラックジャッ クにすがるかどうか試すかのように、声をかけるブラックジャック。当然のよ うに反発し助けを拒絶する光男。その態度に自分と似たものを感じ満足したの か、光男を嘲笑うふりをして、ぶっきらぼうな態度でさり気なく手を貸すブラッ クジャック。

光男が真実を知りブラックジャックに対する感情を変えるシーンはまだ先で、 そのシーンが物語の最も盛り上がるところであるのだが、この二人の心理の変 化がこの作品の主題であるならば、ブラックジャックの光男への感情が転換点 となったこのシーンは隠れたもう一つの転換点だったのではないか。

それにしても、ぶっきらぼうな態度でさり気なく手を貸すあたりが、いかにも ブラックジャックらしいと感じた。このクールな優しさがブラックジャックの 魅力の一つといえよう。

Quotation
“Can I give you a ride?” said Black Jack from the car.
“No, I won't ride with you!”
“Then, you'd better crawl on your hands and knees.”
“What! Don't ridicule me!” cried out Mitsuo, but car drove away.
Excellent Translation
「乗せてやろうか?」 ブラックジャックが車から声をかけた。
「いやだね。お前の車になんか乗りたくもない」
「なら、四つん這いで這ってでもいくがいいね」
「な!? あざ笑うのはよせ!」 光男は叫んだが、車は走り去った。
Explanation
山火事が起きて煙が迫っている状況でのブラックジャックと光男のやりとり。
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