Chu空間(日本語訳)

原文

酒井政裕 (sakai@tom.sfc.keio.ac.jp) 訳


今日は何にチューしたい?

Chu空間ってなぁに?

Chu空間名は行列です。 集合Kの要素が要素として描かれるような行列をKの行列と 言います。そのような行列は形式的にはAとXをそれぞれ行列の 行と列のインデックス集合として、関数 r : A×X -> K として定義すること が出来ます。

行列が何かしらの情報を運ぶためには、Kは少なくとも2つの要素 を持たなければなりません。 もっともシンプルな面白いケースはKが0と1からなる場合です。 この場合Chu空間は2つの集合の間の通常の2項関係そのものです。

行列の列をAの部分集合と同一視し、1が「要素であること」を、0が「要素でないこと」を表すとすると、 この関係は ―r(a,x) = 1 が a がxでインデックス付けされる集合の要素である事を表している という意味の― 集合のメンバシップ関係と捉えることが出来ます。 これはXの異なる要素x,x'が同じ部分集合を指している可能性があるような、 集合のメンバシップ関係の内包的(intensional)な概念です。 特に、Xそれ自身をAの部分集合の集合として、 aがxの要素であるときだけ r(a,x) = 1 であるようにrを定義すると、 行列には重複した列がなく、このときこのChu空間は外延的(extensional)と言います。 この双対的概念である、重複した行を持たないChu空間は可分(separable)と呼びます。 可分かつ外延的なChu空間を両外延的(biextensional, 訳注:この訳語は作った)なChu空間といいます。

この、列指向の視点は一般の行列の行と列の対称性を破っているように見えます。 Aが基本的あるいはプリミティブな集合であるのに対して、 XはAの部分集合の集合に制限されるという点でAに依存しています。

対称性は、 Aが「1」と呼ばれるシングルトン集合からChu空間への関数からなる集合 (各関数はAの1要素を選択する)、 XをChu空間からKへの関数からなる集合、 r(a,x)を関数結合 xoa (xをaと結合したものを意味する)、 とみることによって回復することが出来ます。 すると、r(a,x)は1点集合から集合Kへの関数(この関数はKの要素を決める)になります。

それでも、関数の向きと、1とKの違いという非対称性があります。 これらは、1とKをChu空間として扱い、 Chu空間(A,r,X)と(B,s,Y)の間の関数f:A->B対してに、 双対としてfの逆象を与える関数g:Y->Xを関連付けることによって、 対称化することが出来ます。 gを g(y) = y o f として定義します。 すなわち、gはBの各部分集合y(BからKへの関数として)を、 AからKへの関数 ―したがって少なくともAの部分集合として正しいを持っている― yof とへ写像します。 そのとき、g(y)がXに属するかという問いが生じます。 すべてのyについてそのようになる時、 ―位相においてまったく同じ方法で定義されている連続性の概念のアナロジーから― fは連続であると言います。

Chu空間1は(1,K)である一方、Chu空間Kは(K,1)です。 すなわち、Chu空間1はたった1つの要素しかありませんが、 Kの各要素に対して1つの述語を持っています。 双対的に、Chu空間Kの要素はつまりKの要素で、 たった1つの(K上の恒等写像であることが要求される)述語だけを持っています。

そのようにして今、1とKの間の対称性 ―行行列1×Kと列行列K×1の一方が他方の単なる転置になっている― が明らかになります。

また、個体と述語の間にも対称性が見えてきました。 関数a:1->Aとしての個体aには、 対応する g(y) = r(a,y) で定義される逆像関数 g:Y->K があります。 このgは双対Chu空間あるいは転置Chu空間での述語です。

Kの全く別の選択肢は複素数の集合Cです。これは量子力学でヒルベルト空間と 共に持ち上がった事例です。ヒルベルト空間では X = A (すなわち 行列 は正方形)で、特に行列の行が列同様に座標の線形結合によりベクトル空間を なすという特徴があります。外延的, 可分, 両外延的の概念は、 他の全てのKと同様このKにもうまく当てはまります。

(当分の間、このイントロダクションは、Chu空間の例が不足するでしょう。 例が必要だと感じたら、すぐにこのページの一番上のリンクの先にある 電卓についてくるチュートリアルの最初の例を2,3試してみましょう。 チュートリアルとこのページの間は ブラウザの「戻る」と「進む」のボタンで行ったり戻ったりできます。)

両外延的な空間の主語と述語は、 それらがインデックス付ける行および列によって曖昧性なく決まります。 そのとき、私たちは行と列を主語と述語の名前として扱い、 AとXにどんな要素があったかを忘れてしまうことが出来ます。 すると、AとXについての関心事は、行列のサイズを知るために必要な、 AとXがどれだけ大きいかということだけになります。

二つの行はどれがどれであるかという見失わずに交換することができます。 しかし、これは列の中の順序をかき混ぜ、列に違う名前を与えます。 同様に、2つの列を入れ替えることは行の名前をかき混ぜます。

それにもかかわらず、そのようなかき混ぜを元に戻すことが出来るのは明らかです。 数学はこの種のかき混ぜを同型射と呼び、 また、かき混ぜられたバージョンはかき混ぜられていないものに対して 同型であるといいます。

最初に両外延的な空間という特別な場合でのかき混ぜを考えることは役に立ちましたが、この概念は本当は両外延的であることには依存していません。 AとXの要素の名前の任意の変更はChu空間の同型射を構成します。 これはまだ少し非形式的ですが、変換の話のときに完全に形式的に 定義するつもりです。

最も単純で有用なChu空間はその述語がまたはのどちらかであるものです。 これらはアルファベット2の上のChu空間、 あるいはdyadicなChu空間と呼ばれます(2は集合{0,1}の私たちのお気に入りの用語です)。 私たちは0と1をアルファベットのシンボルとして参照します。 このとき、関係は2値であるといわれ、 「〜より小さい」や「〜の父である」のような通常の2項関係です。 この場合、関係は個体に個体を関連付けるのではなく、 個体を述語に(およびその逆に)関連付けます。

これらの2値の述語は最も基本的なもので、 個体を「Pである」か「Pでない」、あるいは「背が高い」か「背が短い」といった 2つのクラスに分類します。 しかし、常識と形式論理の両方によれば、2という数に神秘的なものは何もなく、 sensible logic は「知らない」や「中間」といった他の値を 上品(gracefully)に扱うべきです。 述語が2つの値よりも多くの値をとることを許される場合、 Chu空間は実際にそれらの値を扱う能力を獲得します。

色、高さ、重量などのような多くの値を持つ述語は、通常は属性と呼ばれますが、ここでは明瞭な区別はしません。 また、通常「属性」が文体上よいかもしれない場合さえ、 私たちは「述語」と言うでしょう。 これは、dyadicなChu空間(その根本理論は既に非常に豊かで、一般のChu空間 に対する多くの洞察力を与える)の重要性を反映しています。 しかし、完全な普遍性のためには、一般のケースは十分なだけでなく必要です。

dyadicなChu空間はとても重要なので、この物語の残りはそれらにだけ集中します。 私たちは、このようなChu空間を0と1の長方形のテーブルとして表わすことができます。


Chu空間って何のため?

Chu空間は普遍的なオブジェクトです。

伝統的に集合が数学のための普遍的なオブジェクトの役割を果たしてきました。 ある数学の見方では数学的なオブジェクトは究極的には単なる集合に還元されます。 数学的世界の集合は全て、1ページに収まるくらいに小さい6つの公理を持つ理論、 Zermelo-Fraenkel 集合論によって供給されます。 この理論は、考えうるニーズをすべて満たすのに 十分なサイズの集合を含んだ均質な宇宙を要請(postulate)しています。

しかし、家具を持たない家と同様、集合は構造を持たないオブジェクトです。 伝統的に構造は必要に応じて、住宅やデスクにソファとベッドを追加したり、 オフィスにコンピュータを追加したりするようにして、アドホックな方法で提 供されていました。数学はそのオブジェクトに対して、代数を作るためにオペ レーションを付加したり、関係構造を作るために関係を付加したり、位相空間 を作るために位相を付加したりします。 また、さらなる多様性が得るために数学は、 任意の構造の鏡像あるいは双対をとることが出来ます。 (localeと呼ばれる―部分が完全に真空で点を持たないかもしれない― 位相空間の一種はこの後者の方法で作られます)

Chu空間は、 基本的なテクニックも、巧妙なテクニックも、 現在使われている主要な構造化のテクニックのすべてを含むような、 構造を集合に付加する基本的な方法を提供します。 そうすることで、数学を圏に分割している壁を取り除いて、 新しい普遍的で均質な数学の眺めを作り出すために、 数学にとってこれまで未知だった多くの新しい構造を導入します。 すべての数学的なオブジェクトは、その変換可能性(transformability)に 完全に忠実(faithful)な変換可能性(transformability)を持ったChu空間として表現可能です。

現存する数学の圏はオブジェクトを硬さ(stiffness)によってグループ化する 傾向があります。 集合はもっとも柔軟で砂の粒度を持っています。 ベクトル空間は真ん中くらいでゴムブロックの柔軟性を持っています。 ブール代数は最も硬くてダイアモンドの堅牢性を持っています。

いくつかの圏は他の圏と比べて硬さに大きな多様性があります。 半順序集合の硬さは集合とベクトル空間の間にわたり、 分配束の硬さはベクトル空間とブール代数の間にわたります。

Chu空間は硬さの全範囲に位置します。 私たちは、ブール代数の双対がStone空間(Stone Space)であり、 分配束の双対が順序Stone空間(ordered Stone space)であることを発見した マーシャル・ストーン(Marshall Stone) に敬意を表して、 このことを Stone Gamut と呼んでいます。 (もちろん彼がStone空間や順序Stone空間をそう呼んだわけではないけれど、 位相の言語でそれらを正確に完全に記述することで、 彼はそれらを認識していたのです。)

frameの双対はframeではあり得ないし、localeの双対はlocaleではあり得ないので、 どんなlocaleもframeではありません。 しかし、あらゆるframeあらゆるlocale あるChu空間によって表現できるという意味でChu空間です。 そして、 集合、半順序集合、位相空間、ブール代数、分配束、束、frames、locales、群、環、体、その他を含む多くの数学的オブジェクトの圏と異なり、 Chu空間の双対は常に他のChu空間です。

ほんの少数の標準的な数学的オブジェクトの圏が Chu空間と 自己双対 であるというこの性質を共有しています。 よく知られたものでは、有限次元のベクトル空間、 2項関係によって変換される集合、 最小元を持つ有限の上昇列(最大元もまた機能する)、 (前二つの両方の一般化である)完備半束があります。

Chu空間は数学の基礎にとって重要です。 なぜならば十分な距離から数学的な景色を見るために一歩下がったとき、 特定の圏の内側に立っといたときにはあらわれない、 双対性というグローバルな対称性があらわれることを実証するからです。 これは自然数と整数の違いに似ています。 前者には符号反転のオペレーション ―負の数を視界に含めるよう視界を広げる時に対称性を創るために急に存在するようになる― はありません。

さらに、有理数、実数、複素数を持ち込むために数の宇宙を拡大することは、 符号反転の基本的な対称性を傷つけません。すべての数の宇宙のこの特徴は、 あなたが整数を見るためにちょうど十分に遠くに後ずさりするとき、明らかに なります。 (有理数そして実数を見ても、整数の概観を失わずに、必ずそれからふたたび 近づくことになります。) 同じ理由で、一旦Chu空間の基本的な宇宙が作られたならば、さらにより大き な宇宙(少なくともそれらがさらにより一般的なChu空間から構成される場合) への一層の拡大は、双対性の対称性を破壊しません。

私たちは、したがって主語と述語の双対性を扱っています。 今、主語を物理的なもの、述語を心的なものとして考えるのは 極めて合理的です。 これはChu空間の双対性を心と体の双対性の一種にします。

このテーマは今のところおいておいて、 Chu空間のより具体的な面に移りましょう。 私たちはChu変換を実地で見た後にこのテーマに戻ってきます。


Chu空間ってどんな感じ?

すでに見てきたように、Chu空間の硬さは様々です。

ひとつの極端な場合は離散Chu空間で、これは集合のように振舞います。 それらの個体は、互いに独立して「動き回る」完全な自由を持ち、 緩くて構造化されていない生活を送ります。 離散Chu空間は状態の集合Xが ―あらゆるパターンの0および1がこの空間の列として現われるという意味で― Aのべき集合であるという事実によって認識することが出来ます。

コンピュータのメモリーは、 任意のビットパターンを格納することができなければならないという意味で、 集合です。この場合のアルファベットは2です。

コンピュータのスクリーンも、主語としての各ピクセルが可能なピクセル値の 集合から任意の値を独立にとることが出来るという点で同様に集合です。 そしてスクリーン上のイメージは各ピクセルで値を持っている述語になります。 この例では、アルファベットは1つのピクセルがとることができる値の集合で、 問題のChu空間はピクセルを主語、可能なイメージを述語として持っています。

しかし、もしスクリーン上のイメージが白い背景上のあるフォントによるテキ ストから成るという条件を課せば、可能なイメージのごく一部以外は除外され ます。 このChu空間 ―主語は以前同様ピクセルで、述語はこの意味で単なるテキスト のイメージ― は、それでもまだ主語よりも述語が格段に多いですが、集合よ りももっと構造化されています。

その反対の極端な場合として、整合的(coherent)なChu空間があります。 これは極度に構造化され非常に少ない述語しか許されないという意味で、 非常に硬く振舞います。

この極端さは、単に他方の極端さの双対(転置)であると、素直に特徴付けるこ とが出来ます。 私たちは、XがAの部分集合からなるという非対称的に見える視点から対称性を 回復するときに、この考え方にすでに出会っています。XをAのべき集合とする かわりにAをXのべき集合とします。 したがって、N = 2n 個体があれば、 n = log2N 個しか述語はありません。

その中間には、あまり緩すぎずあまり硬すぎない、しかし単に正しい(but just right)正方形のChu空間があります。その中の少数が対称的、すなわちそ の双対と同型で自己双対的なChu空間です。

さて、このセクションの最初の「動き回る」とは何を意味したのでしょうか? これはChu空間を別のChu空間へと変換する手段であるChu変換(Chu transform) の概念へとつながります。集合が別の集合へと関数によって変換されるように、 群が別の群へと準同型によって変換されるように、ベクトル空間が他のベクト ル空間へと線形変換によって変換されるように、Chu空間は別のChu空間へと Chu変換によって変換されます。

私たちはChu変換の特別な場合である同型射に既に遭遇しています。同型射を 最初は両外延的な場合に導入し、その後に一般化するのは便利でした。ここで も同様にします。すなわち、最初私たちは行や列に繰り返しがないと仮定する ことで、行や列それ自体を主語や述語の名前として使うことが出来るのです。

では、Chu変換とは何でしょう? 私たちはこれを既に連続関数として定義しました。 今度は別の観点からこの定義を繰り返しましょう。

(A,r,X)から(B,s,Y)へのChu変換は、任意のaに対して m(a,*) = s(b,*) (すべてのyについて m(a,y) = s(b,y) という意味) を満たす b が存在し、任意のyに対して m(*,y) = r(*,x) を満たすようなxが存在する Chu空間(A,m,Y)です。 これは、この変換の行m(a,*)はこの変換のターゲットまたは値域(codomain)の 行s(b,*)として得られ、双対的に列m(*,y)はこの変換のソースまたは定義域 (domain)の列r(*,x)として得られるということです。

(B,s,Y)が可分なとき、(A,m,Y)は各aに対してこの方法で関係したbを一意に決 めます。すなわち(A,m,Y)は関数f:A->Bを一意に決めます。双対的に、 (A,r,X)が外延的なとき(A,m,Y)は関数g:Y->Xを一意に決めます。

Chu変換のこのクロスワードパズル解釈は(A,m,Y)を、 ソースの列が縦の辞書でターゲットの行が横の辞書であるような A×Yを埋めるクロスワードとして見ます。 すべての単語が使われる必要はありませんし、単語は2回以上使うことも出来ます (ソースとターゲットが両外延的であるときさえ、 (A,m,Y)は可分である必要も外延的である必要もありません)。

ターゲットが可分でないかソースが外延的でないときには、各aに対して幾つ かのbが存在することがあるため、これだけではChu変換を完全に定めることは 出来ず、ある特定のbを決めなければなりません。 したがって、このもっと一般的な場合では、Chu変換を一対の関数 f:A->B と g:Y->X として扱います。これらは m(a,y) = s(f(a),y) か m(a,y) = r(a,g(y)) のいずれかの条件から(A,m,Y)を決めます。 同じmが決まらなければならないので、これはf,gに対して、 Chu変換の随伴(adjointness)条件 s(f(a),y) = r(a,g(y)) を満たさ なければならないという制約を課します。 これは2つのChu空間の間の関数の連続性の、Chu空間が可分であることや外延 的であることに依存しない、素直な定義になります。


Chu空間って本当にあるの?

クロスワードパズルが現実であるということは別にして、Chu変換が現実世界 でする何か他の事はありますか? そうですねえ、あなたが好きなエディタで 電子メールを書いていて、たった今最初の3個の文字、例えば「cat」を入力し ており、戻って最初の文字を消す必要があると気がついたとしましょう。あな たは3文字の文字列「cat」を2文字の文字列「at」に変換しました。

今、全ての3文字の文字列からなる集合を主語とするChu空間 ―「述語」は pos1,pos2,pos3で、pos1の値は与えられた文字列の1文字目の文字で、以下同 様― を考えましょう。アルファベットが26文字ならば、これらの述語は26の 「真理値(truth values)」を持ち、この集合は 26×26×26 = 17576 個の長さ 3の文字列を持つでしょう。

同様にすべての2文字の文字列の集合を、述語がpos1とpos2であるChu空間の個 体と考えます。これは 26×26 = 676 個だけの長さ2の文字列を備えたより小 さな集合です。

一文字目を削除する行為(act)は、長さ3の文字列から長さ2の文字列への関数 の観点から理解することができます。 しかし、これはターゲットの {pos1,pos2} からソースの {pos1,pos2,pos3} への関数、 すなわち(ターゲットの)pos1を(ソースの)pos2へ、(ターゲットの)pos2を(ソー スの)pos3へ写像する関数としても理解することが出来ます。

後者の関数はエディタに古い文字列から新しい文字列を得る方法を伝えています。 今pos1にある文字は何であれ元はpos2にあったものに違いないし、 同様にpos2はpos3から来たに違いありません。

したがって、テキスト・バッファから文字を削除する単純な行為はChu変換で す。一つの世界では、このChu変換は文字列の集合をより(アルファベットのサ イズ倍だけ)小さな文字列の集合へと変換します。双対の世界では、このChu変 換は同時に、エディタに新しい文字列中の文字を古い文字列中から得る方法を 説明することによって、一方の位置の集合を時間を遡って(backwards in time)他方の位置の集合に忙しく変換しています。

前向きの関数は、あなたが文字列の空間に適用したとあなたが思った変換で、 あなたを過去から未来へ連れて行きます。後ろ向きの関数は隠れた歴史家で、 過去をふり返って見ることにより未来を構築します。各々は他方を決め、それ らは一緒になってあなたがバックスペースを打つことにより実現したChu変換 を構成します。

誰でもエディタを実装した人ならばバッファの最後の文字の削除が簡単な操作 であることを知っています。他の文字の削除は、以降のすべての文字を移動し 隙間を埋める(あるいは等価な何かをする)必要があります。私たちはこれを、 後ろ向きの関数がカーソルよりも前の位置を変えずそれ以降の位置を1引くこ とから、直接みることが出来ます。


心と体の双対性再び

さて、私たちは文字列を主語もしくは点、位置を述語もしくは状態と呼びました。 しかし、あなたが特定の文字列を凝視している場合、 あなたが見るものはそれぞれの位置での文字です。 したがって、あたかもそれらの位置が点で、その位置の文字がその位置の局所 状態で、文字列全体がそのバッファのグローバルな状態であるべきかのように 見えます。 どうして私たちはそれらを逆にしたのでしょうか?

実のところ、行列を転置して位置を点に文字を状態にするように出来たで しょう。しかし、そうすると最初の文字の削除するChu変換は遡る向きになっ てしまい、これは直観に反してしまいます。どうやって2つの視点の矛盾する 結果を一致させればよいのでしょうか?

これは心と身体の双対性から起こったことです。私たちは情報を処理している とき、心的な実体 ―この場合は心の状態、あるいはより平凡にバッファの状 態(それでも情報です) ― を変換しています。もし情報を操作するオペレーショ ンを文字の物理的位置の観点で見ようとすれば、変換は後ろ向きであるように 見えます。しかし、心的な状態の観点で見れば、それは(私たちが変換に習慣 的に関連させる方向である)前へと行きます。そのため、明らかに(まだ明らか でなければ)文字の削除は物理的なものというよりも原理的に情報処理または 精神的な活動です。これは心と体の双対性の単純な例です。

私たちが情報の削除に加えてできる別のことはそれをコピーすることです。 私たちが第1の文字を複写する、つまりabcをaabcにするとすると、このChu変 換はこの編集操作が3文字の文字列の集合を4文字の文字列の集合へと写像する ことを表現しています。しかし、このChu変換は同時にpos1とpos2をpos1へ、 pos3をpos2へ、pos4をpos3へと送ることにより、集合{pos1,pos2,pos3,pos4} を集合{pos1,pos2,pos3}へと逆向きに写像します。

またしても、バッファの可能な状態という心的な実体を未来に向けて変換 する一方で、物理的な位置を時間を遡って変換していることが分かりました。 したがって、コピーもまた情報処理あるいは心的な変換です。もちろん直感的 には明らかですが、このコピー操作を表わす特定のChu変換の心的な半分と物 理的な半分の、それぞれの向きによって私たちの直観が支持されることを見る ことはよいことです。

すべての編集操作はこの意味で心的なものなのでしょうか? いいえ、2文 字のバッファを拡張してもう一つ位置を追加するオペレーションを考えてみて ください。これは情報処理を伴わない物理的な操作であると私たちは主張しま す。これがするのは新しい位置を作ることだけです。

この操作は、長さ2の文字列の集合から長さ3の文字列の集合への関数とし て記述することは出来ません。何故ならば、文字列(例えばab)を何に送ればよ いのかを私たちは知らない(abaかabbや...のいずれあることも出来る)からで す。また、{pos1,pos2,pos3}から{pos1,pos2}への逆向きの関数もありません。 何故ならば、pos3をどこに送ればよいか私たちは知らないからです。

一方で、長さ3の文字列の集合から長さ2への文字列の集合への、(abcをab へと送るような)関数があります。これは{pos1,pos2}から {pos1,pos2,pos3}への(pos1とpos2をそれ自身に送る)関数の鏡像になっていま す。したがって、物理的な半分が前向きであるChu変換を得ます。文字のため の空間を作ることは物理的です。

コンピュータ・メモリーを構築する同じ行為は情報のための空間を作りま す。したがって、コンピュータの生産者は情報を処理しているのではなく、物 理的な行為を実行しています。またもや直観的には明白ですが、これをクロー ズアップしてゆっくり見ることはよいことです。


Getting Physical

このセクションでは何か少なくとも楽しめるであろう物理への寄り道をします。 ぜひとも割り引いて受け取ると同時に、このセクションには外部の資料 (material outside)をあまり反映していないととられるべき箇所など何もない ことを心に留めておいてください。私たちはここでは単に少しの間だけ楽しも うとするだけです。私は以下の議論は基本的には何も間違ってはいないとわかっ ていますが、実際の物理学者が不平をいうのももっともです。

これまでのところ、私たちは心的状態だけを考慮しました。物理的な状態 はどうでしょうか? そう、ここでは私たちはそんなものは無いとい う立場をとります。状態は、それが脳の一部の点の状態であろうと、コンピュー タの一部の点の状態あるいは振られるハンマーの一部の点の状態であろうと、 状態です。全ての状態は心的で、状態ベクトルを座標化(coordinatize)する点 は物理的です。

物理において主語と述語に相当するのはそれぞれ時間とエネルギーです (空間と運動量もありますが、ここでは話を簡単にしておきましょう)。 時間における点は物理的だと合理的に考えられますが、 エネルギーも確かに物理的です(それはすべて結局物理です)。

質量は時間とエネルギーの双対性のエネルギー側で生きていて、 確かにエネルギーと E = mc2 によって交換可能です。 確かに質量は少なくとも物理的です!

ここで、私たちは本当に過激な立場に立ち、エネルギー、質量、さらには運動 量はすべて物理的な性質(qualities)であるよりもむしろ原理的に心的な性質 であると宣言します。

さて、情報が物理学にからむ一つの場所はエントロピーで、それはマイナス符 号を除けば情報です。エントロピーSはエネルギーQと熱力学的関係 dQ = T dS または dS = dQ/T または T = dQ/dS によって相互に密接に関係 しています。すなわち、エネルギー束(energy flux)は温度を比例定数として エントロピー束(entropy flux)に比例しています。束(flux)の概念をより鮮明 にするために、最初の2つの等式の両辺をdtで割ることが出来ます。すると2つ 目の等式は dS/dt = dQ/dt / T になります。左辺の単位はビット/秒で、右辺 の単位はerg/秒/度(訳注: 1 erg = 10-7ジュール)です。ここでの 基本的な考えは、あるデータレートを維持するためには温度が高いほどより多 くの力を必要とするということです。

すると温度とは何なのでしょうか? 注意深く分析すると、粒子からなる系の 温度とは、粒子が気体,液体,固体のいずれの形でも、系の粒子のエネルギーの 分布でどこが最も強く峰になっているかを表現する統計的な概念であることが 判ります。熱平衡状態にある大きな系では大数の法則がこの峰を驚くほど狭く し、そのような系では温度は非常に明確に定義されます。これは統計力学の基 本的な事実です。

統計的な側面は別として、系の温度についての基本的な概念は、それが系の粒 子の広く行き渡った(prevailing)エネルギーであるということです。今、粒子 が周囲でよりエネルギッシュにぶつかると、より騒々しい事態になることが想 像できます。エントロピーは、私たちがエネルギーの流れと呼ぶ情報の流れを 「かき消す」このノイズの結果です。

エネルギーが実際に情報であるという私たちの原理に従うと、私たちはエント ロピーの流れを、エネルギーの流れという形の情報の流れの温度という雑音に よる希釈として理解することが出来ます。これが dS = dQ/T の真の内容です。 エントロピーでのように、エネルギーと情報の関係を完成させるにはマイナス 記号が必要です。というのも、エネルギーはエントロピーのように負の情報だ からです。

この全てで重要なのは、束(flux)として差の形で見たとき、エネルギーとエン トロピーはそれぞれ温度による稀釈の前と後として、ともに情報として理解す ることができることです、

質量は単にゆっくり移動するエネルギー(c2はとても大きな数字な ので、ほんの少量の質量に対してさえ多量のエネルギー)なので、私たちにとっ て質量もまた情報(多量の情報)であり、したがって心的なものです。

質量と情報に明確な関係がある一つの状況はブラックホールです。しかし、こ こでは質量は直接に情報として振舞うのではなく、情報の平方根として振舞い ます。ブラックホール内の情報はその表面積であるのに対して、その質量は表 面積の平方根です。ブラックホールが衝突するとき、それらは一つのブラック ホールへと激しく合併しますが、これは物理学のすべての中で絶対的に不可逆 な唯一の過程です。結果のブラックホール内のビット単位の情報は2つの衝突 するブラックホールがそれぞれ持っていたビット数の合計です。

衝突するブラックホールがそのときそれぞれ1ビットを寄与するならば、(質量 の単位の適切な選択のもと)それぞれ1質量単位の重さがあったことになります。 結果の2ビットのブラックホールは1.414質量単位の重さで、失われた0.586質 量単位は重力波として激しく放射されます。


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